『Aquarius』 の雨宮教授と岬伊織の、その後
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― かりそめ ― 第十二話
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「…… え?」
教授は、僕の頬を伝う涙を指先で拭いながら、少し困ったように微笑んでいた。
「最初は、潤に似ている君のことが気になって、気が付けばいつも目で追っていた。駄目だと頭では分かっていたのに、それでも俺は、ずっと君に潤を重ねて見ていたんだ」
そう話す教授の瞳が微かに翳る。
知っていた。いつもどこからか誰かの視線を感じて、顔を上げるといつもそこには教授がいた。
そして、必ずその漆黒の瞳と目が合うのに、教授は何もなかったように直ぐに逸らしてしまう。
あれは、僕を見ているのじゃなくて、潤さんを見ていたんだ。
「そしてあの日、とうとう俺は君を身代わりに……」
教授は辛そうに眉を寄せ、そこで一旦言葉を途切らせて息を吐く。
「でも…君は潤じゃない」
潤じゃない、という言葉に胸が締め付けられる。
「そのことを、あの時教えてくれたのは、君だよ、伊織」
―― 愛してます、兄さん。
「潤は、俺を愛してはいなかったから」
知らなかった……。
あの時、雨宮 潤になろうとして言った言葉が、逆に教授に気付かせてしまっていたなんて。
僕が要らない存在だってことを。
「だから、あの日から俺は気付くことができたんだよ」
教授の言葉を訊きながらも、僕はどうしようもなく不安に駆られていた。
だからもう、此処に居る必要はないんだよと、言われるのが怖い。
両の掌で頬を包まれたまま目線を合わせられて、僕は願うようにその瞳を見つめ返していた。
―― どうか、貴方の傍にずっと居させて。 愛されてなくてもいいから。
「潤は俺のことを、こんなに愛で満ちた眼差しで見てはくれないよ」
教授はそう言って、ふっと優しく微笑むと、僕の眼尻に口付けをくれた。
「いつも真面目に課題に取り組む、君の姿が好きだよ」
…… え……?
教授が言った言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
「少し冷めたように周りと距離を置いてるように見えても、実はさり気なく他人を気遣っていることも俺は知っているよ」
「…… 先生……」
思わずそう言葉を漏らせば、教授の指先が僕の唇を優しくなぞる。
心臓がドキリと高鳴った。
「『先生』と呼んでくれる、君の少しハスキーな高い声が好きだよ」
また目頭が熱くなって、じわりと目の前に霞がかかってしまう。
「こうして抱きしめると感じる、君の匂いが好きだよ」
しなやかで逞しい腕にきつく抱きしめられて、瞬いた瞬間に熱い涙が溢れ落ちてしまった。
「柔らかくて、少し癖のある色素の薄い髪も、俺は大好きだよ」
僕の髪を指に絡めながら、甘くて低い声が耳元に響いた。
「潤と君を重ねて見ていた俺に、こんなことを言う資格はないのだけれど……」
夜空に響く花火の打ち上げられる音が、忙しく鳴っているのに、不思議と苦しさを感じない。
「今俺は、君を愛してるんだよ、伊織」
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(つづきます・・・)
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