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2015年8月6日木曜日

ESCAPE番外編―『かりそめ』(第五話)

ESCAPEの番外編
『Aquarius』 の雨宮教授と岬伊織の、その後

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ESCAPE本編はこちら









― かりそめ ― 第五話

続きからどうぞ↓











「……始まったようだね」

 そう言って教授はゆっくりと立ち上がり、東の空を仰ぐ。

 少し間を空けて、また音が聞こえてきた。

「……花火?」

 雷鳴のように聞こえたその音は、今夜隣の町で行われている花火の打ち上げられる音だった。

「やっぱりここからでは、花火の端しか見えないね。二階だともう少し見えるはずだけど、上がってみるか?」

 そう言って行きかけた教授の浴衣の袂を、僕は思わず掴んで引き留めた。

「……どうかした?」

「……あ、いえ……、僕はここで飲んでますから」

 慌てて手を離したけれど、教授の瞳は窺うように僕を見つめてくる。

「……花火大会に行きたくなかったのは、人混みが苦手なせいばかりじゃなかったようだね」

 そう言って、宥めるように僕の頭に手を置いて、教授はまた隣に腰を下ろした。

 連続で上がる花火の音は、ここから距離はあるのに、まるで間近で上げられているように大きく聞こえて、僕は知らずに身を強張らせる。

「もしかして、あの音が苦手なのかな。じゃあ窓を閉めて中に入ろうか」

「いえ……大丈夫です」

 違うんだ。音が怖いわけじゃないし、夏の夜空を彩る花火は本当に綺麗だと思う。

 僕は、そっと教授の肩に寄りかかった。教授から僕の顔が見えないように。

 過去の出来事も、もう僕の中では消化できていて、そのことがフラッシュバックするとか、そんな事もない。

 だけど、どうしようもなく不安になるんだ。花火の夜には何かが変わってしまいそうで。

 昨日まで幸せだと思っていた生活が全部嘘で、明日から現実に引き戻されるんじゃないかって。

 また運命が違う方向に変わってしまうんじゃないかって。

「伊織? 本当に大丈夫か?」

 ぎこちなく僕の名前を呼んでくれるのが、嬉しくて、少し擽ったい。

 だけど、教授がそんな風に、少しずつ僕の存在を認めていってくれるのが怖いんだ。

 だって僕は……教授が愛するただ一人の存在になりたい。だから……。

「……大丈夫です」

 肩に頭を預けたまま、教授の細くて長い繊細な指に指を絡めてそう答えると、もう片方の手が僕の顎を掬い上げ、目を合わされる。

 今、教授の瞳に映っているのは、僕? それとも……。

 指の背で頬をひと撫でし、ゆっくりと教授の顔が近付いて、見つめ合ったまま唇を重ね合わせた。

 

 


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目次 


(つづきます・・・)

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