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(26)
「あ、そう言えば、去年の催事の時にこの店に応援に来てた、西脇ってやつ、憶えてる?」
忘れようと努力していた名前が、突然出て、心臓がドキリと跳ねた。
「…… はい。一緒に休憩に行きました。」
俺がそう答えると、高岡さんは大きな目を更に大きくして、「そうそう!」と言って、話を続ける。
「あいつさ、去年の移動で、北陸に行ってたんだけど、戻ってくることになってさ。」
―― 北陸?
「へ、へえ。そうなんですか。」
その時、お腹の大きかった奥さんの姿が頭を過ぎった。北陸へは、一緒に行ってたんだろうな。
「奥さん、赤ちゃん生まれたんですよね。」
会話を繋げる為もあって、何気なくそう訊いただけなのに、高岡さんは、驚いたように目を丸くする。
「赤ちゃん?いいや? あいつ…… 子供はいないよ。なんで赤ちゃんが生まれたと思ったの?」
―― え?
「…… え…… なんか…… そんな事を訊いたような気がして……。」
違う人と勘違いしてたかなーって、慌てて誤魔化した。
「そうだよね! 勘違いだろうね。」
そう言った、高岡さんの表情に少し違和感を感じて、俺はつい訊いてしまっていた。
「北陸へは、単身赴任じゃないですよね? 奥さんも一緒に行ったんですか?」
「え…… いや……、」と、高岡さんは、困った顔をして言い淀む。
どうしたんだろうと、思いながらも、もうそれ以上その話を続けたくなくて、俺は話題を変えた。
赤ちゃんが生まれたという話は無いというのは、本当みたいで、妊娠の話も訊いてないみたいだった。
あんなに目立つお腹をしていたし、高岡さんとは仲が良さそうだったのに。もしかして、また流産とかじゃないよねって、少し気にはなったけど。
俺にはもう関係のないことだし、そのことについて、俺が気にするのもいけないことのような気がしていた。
*
続きます。。
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