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(28)
―― そんな顔したって、もう騙されないぞ。
俺は西脇さんに背を向けて、鍵穴に鍵を差し込んだ。
「帰ってください。」とだけ、振り絞るように声に出して、差し込んだ鍵を回すと、ガチャンと、鍵の開く音が、アパートの静かな廊下に響いた。
「…… ごめんな。」
短い言葉と共に、頭の上に感じた掌の温度は、でもすぐに離れていく。
―― 何、謝ってんだよ。
今、傍にあった気配が、足音と共にゆっくりと離れていくのが分かった。
―― なんだよ、また何も言わない気かよ。
ドキドキと、心臓が煩い。分かってる…本当は俺、全部気が付いているんだ。いつも強引で、自分勝手で、嘘つきで。
だけど……、
「―― 待てよ!」
考えるよりも先に俺は振り向いて、階段を下りて行く嘘つきの背中を追いかけた。
貴方は狡いよ。また何も言い訳もせずに行ってしまおうだなんて、許さないんだからな。
それでカッコ付けてるつもりかよ、分かってんだから。
高岡さんが言いにくそうにしていたのは、きっと二人が離婚したから。
あの時の奥さんのお腹だって、妊娠しているように見せかけていただけで、それを見ても何も言わなかったのは、貴方も、奥さんの悲しい嘘を見抜いていたから。
俺に言ったあの最後の言葉だって――
「―― うっわ!」
階段を下りて行く嘘つきの背中に飛び付いて、バランスを崩して、数段二人で転げ落ちても。
「―― 痛ってー! 酷いなぁ、千聖は。」
腕の中で、俺のことを庇いながら倒れたことも、ちゃんと分かってるんだからな。
倒れた西脇さんの身体の上で、俺はその顔を両手で挟んで、唇を押し当てた。
もうその唇が、優しい嘘を吐かないように……。
驚いている顔がおもしろくて、俺は唇が僅かに触れるくらいの距離で、笑い声を漏らした。
――ああ、なんだか俺も言ってみたくなってきたな、あの言葉。
「――愛してる。」
これは嘘なんかじゃないよ。俺の本心。
さっきよりも、目を丸くして驚いている彼にもう一度口付けをして、あの言葉を繰り返した。
「愛してる…… 志芳。」
― うそつき ―(改稿版) end
2015/12/12
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